東京高等裁判所 平成8年(行ケ)147号 判決 1997年10月29日
東京都中央区日本橋室町2丁目1番1号
原告
株式会社三井三池製作所
代表者代表取締役
福田裕
東京都千代田区大手町2丁目6番2号
原告
三洋海運株式会社
代表者代表取締役
中川秀明
両名訴訟代理人弁理士
橋本克彦
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 荒井寿光
指定代理人
森川元嗣
同
玉城信一
同
小川宗一
同
田中弘満
主文
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの連帯負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
1 原告ら
特許庁が、平成4年審判第2064号事件について、平成8年4月30日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告らは、昭和63年8月29日、名称を「湿潤粉粒体積載用船舶」とする考案(以下「本願考案」という。)につき、実用新案登録出願をした(実願昭63-112951号)が、平成3年12月4日に拒絶査定を受けたので、平成4年2月14日、これに対する不服の審判請求をした。
特許庁は、同請求を平成4年審判第2064号事件として審理したうえ、平成8年4月30日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年6月26日、原告らに送達された。
2 本願考案の要旨
<1> 平坦な底壁を有するとともに前記底壁のほぼ全長に亙って切り込みを有するホッパ形に形成され、船艙内のほぼ船首から船尾に亙って配置された湿潤粉粒体の積載貯蔵槽と、
<2> 前記切り込みに沿って移動可能に前記積載貯蔵槽内に配置された、積載貯蔵槽内の湿潤粉粒体を掻き出すためのリクレーマと、
<3> 前記切り込みに沿って船体底壁内面に配置され、前記リクレーマにより掻き出された湿潤粉粒体を船体の前後方向へ移送するためのベルトコンベヤと、
<4> 前記ベルトコンベヤによって船体の端部に移送された湿潤粉粒体を船上へ搬送するための垂直ベルトコンベヤと、
<5> 前記垂直ベルトコンベヤにより船上へ搬送された湿潤粉粒体を船外へ搬出するための水切り用コンベヤとを有することを特徴とする湿潤粉粒体積載用船舶。
3 審決の理由の要点
審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願考案は、本願出願前国内において頒布された刊行物である特公昭58-4675号公報(以下「引用例1」といい、そこに記載された発明を「引用例発明1」という。)及び本願出願前米国内において頒布された刊行物である米国特許第3、743、119号明細書(以下「引用例2」といい、そこに記載された発明を「引用例発明2」という。)並びに周知技術である水切り用コンベヤに基づいて、当業者が極めて容易に考案をすることができたものであるから、実用新案法3条2項の規定により実用新案登録を受けることができないものとした。
第3 原告ら主張の審決取消事由の要点
審決の理由中、本願考案の要旨の認定、本願考案と引用例発明1との相違点1、2の認定並びに相違点2に対する判断は認め、その余は争う。
審決は、引用例発明1、2の技術内容を誤って解釈した結果、本願考案と引用例発明1との一致点の認定を誤り(取消事由1)、さらに本願考案と引用例発明1との相違点1に対する判断を誤って(取消事由2)、本願考案が当業者において極めて容易に考案をすることができたとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。
1 取消事由1(一致点の認定の誤り)
審決は、引用例発明1の「第1および第2のベルト・コンベヤは鉱滓などの被搬送物を下方から上方すなわち垂直方向に搬送することから垂直ベルトコンベヤと同等の機能を奏するので、『第1および第2のベルト・コンベヤ(7)、(8)』は『垂直ベルトコンベヤ』に相当している」(審決書7頁17行~8頁2行)と判断し、本願考案と引用例発明1とが、「前記ベルトコンベヤによって船体の端部に移送された湿潤粉粒体を船上へ搬送するための垂直ベルトコンベヤ・・・を有することを特徴とする湿潤粉粒体積載用船舶」(審決書8頁7~12行)である点で一致すると認定したが、誤りである。
本願考案の要旨にいう「垂直ベルトコンベヤ」とは、本願の図面第4図(甲第5号証17丁)に示すとおり、荷揚行程の部分が垂直ベルトによって構成されるのに対し、引用例発明1のベルトコンベヤは、半円周形又はそれに近い形状のベルトラインを有する第1ベルトコンベヤと第2ベルトコンベヤで挟持する構成のものである。貯蔵庫から切り出された湿潤粉粒体を船上へ搬送する手段についてのかかる構成の相違により、本願考案は、積載効率を良くするという作用効果を奏するものであるから、引用例発明1の第1及び第2ベルトコンベヤは本願考案の垂直ベルトコンベヤに相当するものではなく、これを相当するとしてなした審決の上記一致点の認定は誤りである。
2 取消事由2(相違点1に対する判断の誤り)
審決は、本願考案と引用例発明1との相違点1、すなわち、「本願考案が、平坦な底壁を有するとともに前記底壁のほぼ全長に亙って切り込みを有するホッパ形に形成された湿潤粉粒体の積載貯蔵槽と、前記切り込みに沿って移動可能に前記積載貯蔵槽内に配置された、積載貯蔵槽内の湿潤粉粒体を掻き出すためのリクレーマと、前記切り込みに沿って船体底壁内面に配置され、前記リクレーマにより掻き出された湿潤粉粒体を船体の前後方向に移送するのに対して、引用例1に記載のものは、傾斜した底壁を有するとともに前記底壁は全長に亙って下端に出口を有するホッパ形に形成された積載貯蔵槽と、積載貯蔵槽内の湿潤粉粒体を切出すための振動フィーダ(6)と、下端出口に沿って船体底壁内面に配置され、前記振動フィーダ(6)によって切出された湿潤粉粒体を船体の前後方向へ移送する点」(審決書8頁15行~9頁10行)につき、引用例2に「平坦な底壁(13)を有するとともに前記底壁(13)のほぼ全長に亙って切り込みを有するホッパ形に形成された積載物の積載貯蔵槽と、前記切り込みに沿って移動可能に前記積載貯蔵槽内に配置された、積載貯蔵槽内の積載物を掻き出すためのリクレーマと、前記切り込みに沿って配置され、前記リクレーマにより掻き出された積載物を移送するためのベルトコンベヤ(14)からなる荷卸し装置」(同6頁10~18行)が記載されているとしたうえで、「引用例2に記載されたものは引用例1の前記相違点1で示したものと同一の技術分野に属しており、しかも、引用例1および引用例2に記載されたものは共通する構成を有しているので、引用例2に記載された荷卸し手段を引用例1に記載された荷卸し手段に適用して、即ち本願考案の上記相違点1で示したように構成することは、当業者がきわめて容易に想到できたことである。」(同10頁7~14頁)と判断したが、誤りである。
引用例発明2は、リクレーマの回転ホイールを積載貯蔵槽に直接設けた本願考案と異なり、重力差を利用して積載貯蔵槽から貯蔵物を排出するために、積載貯蔵槽の下部に積載貯蔵槽の断面積よりも大きい断面積を有する排出装置(隔室)を別体に設けた構成のもので、底壁のほぼ全長に亙って切り込みを有するのは積載貯蔵庫ではなく、排出装置であるから、審決が引用例2に「底壁のほぼ全長に亙って切り込みを有する・・・積載物の積載貯蔵槽」が記載されていると認定したことは誤りであり、かつ、引用例2のような構成の貯蔵槽を船舶内に設けることは積載量の極端な減少を招くものであるから、引用例1に適用できるものではない。
加えて、引用例2に記載された積載貯蔵槽及び排出装置とも、横長四角形を呈しており、いずれもホッパ形に形成されているとはいえないから、審決が引用例2に「ホッパ形に形成された積載物の積載貯蔵槽」が記載されていると認定したことも誤りである。
さらに、引用例2に記載された荷卸し手段は陸上に設置される貯蔵槽に適用されるもので、これを引用例発明1のような船舶に適用した場合には、航海中の揺動によって、貯蔵してある湿潤粉粒体の積体がその安息角を越え、常時開放状態の切込み状の払出口から自然流出することを防ぐこと等のために、特公昭51-11400号公報(甲第10号証)に示されるような、極めて複雑かつ多数の部品や装置を駆使することを要するという欠点があった。本願考案は、船体構造の大幅な見直し、払出機のバルクヘッド貫通部の構造、強度及び払出機用トンネルの支持方法、構造等の開発研究成果により、揺動による開口からの貯蔵物の自然流出の問題や、波浪等によって生ずる船体・貯蔵槽のねじれや撓みに伴う船体強度の問題、リクレーマの正常作動の困難性等を克服し、簡単な構造と少ない設備で、上記公報記載の発明の欠点を解消したものであり、単に引用例2に記載された荷卸し手段を引用例1に記載された船舶に適用したというものではないから、その適用が当業者にとって容易であるということはできない。
第4 被告の反論の要点
審決の認定判断は正当であって、原告ら主張の審決取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1について
引用例1に、ばら物を船上へ搬送する手段について、半円周形又はそれに近い形状のベルトラインを有する第1ベルトコンベヤと第2ベルトコンベヤで挟持する構成が記載されていることは認める。
引用例1のこの搬送手段の構成は、その図面第5図(甲第8号証5頁)に示されているとおり、ばら物をベルトコンベヤ5の排出端で受け取り、甲板上のブームコンベヤ9の供給端へ排出するものであるが、ばら物の受取部と排出部の位置関係はほぼ垂直な上下関係にあるから、ばら物を垂直に下から上に運ぶ手段であり、これも垂直型コンベヤということができるものと認識されている(乙第1号証)。本願明細書に記載された「船艙内に配置される積載物を船上へ移送する手段として従来の傾斜コンベヤよりも前後方向への占有空間の少ない垂直ベルトコンベヤを用いたため船艙全体として積載槽の占める割合を向上させることができ」(甲第7号証5頁13~15行)という効果は、引用例発明1の垂直型ベルトコンベヤについても認められるものであり、本願考案に格別なものとはいえない。
原告らは、本願考案の「垂直ベルトコンベヤ」とは、荷揚行程の部分が垂直ベルトによって構成されるものであるから、半円周形又はそれに近い形状のベルトラインを有する2つのコンベヤで構成される引用例発明1のものとの構成の相違により、積載効率を良くするという作用効果を奏すると主張するが、本願考案の要旨には、垂直ベルトコンベヤの具体的な構成に関する記載はなく、また、考案の詳細な説明にも主張のような垂直ベルトコンベヤの定義付けはないから、上記主張は根拠がない。
2 取消事由2について
審決は、引用例2に記載されたバンカーのうち積載物が通常の状態で堆積する部分を積載貯蔵槽とし、テーブル面13が積載貯蔵槽の底壁に相当するとしたものであり、引用例2には、該テーブル面に切込み(開口部)がほぼ全長に亙って設けられていることが記載されているから、審決が、引用例2に「底壁のほぼ全長に亙って切り込みを有する・・・積載物の積載貯蔵槽」が記載されていると認定したことに誤りはなく、これを前提として、引用例2に記載されている荷卸し装置の構成を引用例発明1に適用するとしたものであり、原告ら主張のように引用例発明2の積載貯蔵槽全体の構成を適用するとしたものではない。
また、ホッパとは、下部はじょうご型でその底部には開くと自然流下で荷がでてくる開閉口があるばら荷を貯蔵し供給する容器であるところ(乙第2号証)、引用例2に記載されたバンカーも屋根型カバー10により円滑に荷が流れ落ちるように構成されているものであるから、この屋根型カバーとバンカーの側壁を含めた形状はホッパ型ということができ、したがって、引用例2に「ホッパ形に形成された積載物の積載貯蔵槽」が記載されているとした審決の認定に誤りはない。
原告らは、引用例2に記載された荷卸し手段を引用例発明1のような船舶に適用した場合には、航海中における貯蔵物の自然流出を防ぐために、特公昭51-11400号公報に示されるような、極めて複雑かつ多数の部品や装置を駆使することを要すると主張するが、本願考案は、同公報に開示された「たな構造」を採用することを特徴とするものではなく、貯蔵物を取り出す手段に特徴があり、本願考案の「平坦な底壁」、「全長に亙る切り込み」及び「リクレーマ」の組合わせからなる荷卸し手段の構造が引用例2のものと同じであることに鑑みれば、引用例2のものが陸上用であったとしても、その技術を引用例1記載の荷卸し手段に適用することに格別困難性があるとはいえない。
第5 証拠
本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。
第6 当裁判所の判断
1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について
(1) 引用例1に、鉱滓などの運搬船の発明が開示され、船体底壁内面に設けられたベルトコンベヤ(5)によって船体の端部に移送された鉱滓などの搬送物を船上へ搬送する手段について、半円周形又はそれに近い形状のベルトラインを有する第1ベルトコンベヤと第2ベルトコンベヤで挟持する構造のものが記載されていることは当事者間に争いがなく、引用例1(甲第8号証)の記載によれば、引用例発明1は、荷揚げ作業に関連した装置部分をコンパクト化し、船倉スペースの増加・確保が極めて容易になるようにするため、荷揚げ手段の部分を上記の構造としたものであり(同号証2欄22行~3欄27行)、その特許請求の範囲には、この構造につき具体的な構成が記載されていることが認められる。
そして、特公昭59-8601号公報(乙第1号証)には、名称を「垂直型コンベヤ」とする「外周端面に所定間隔を保ち、かつトラフを形成した複数個の回転ローラを備えた回転自在なローラプーリを架台上に複数個縦設し、これらプーリ一間に2枚の無端ベルトを重合してS字形に懸通するとともにこれらのベルトに独立の駆動装置とベルトの挟み力を調節するテークアツプ装置とを配置し、これら重合ベルト間にばら物を挟んで垂直方向に運搬することを特徴とした垂直型コンベヤ」(同号証特許請求の範囲)の発明が開示され、その発明の詳細な説明には、「本発明は、ばら物を垂直方向に運搬するためのコンベヤに関する。一般に、ばら物を垂直方向に運搬するものとして従来より・・・ベルトによる連続式のものも種々提案されている」(同号証1欄32行~2欄1行)として、第4図イ、ロ、ハに「従来の垂直型コンベヤ」(同4欄27~28行)を例示し、その各特徴と欠点を述べた(同2欄1~25行)うえ、「本発明は、以上の欠点に鑑み、ばら物を挟持する二枚の重合エンドレスベルトが縦列の複数のローラプーリの外周端面に接触する場合交互に内外面に位置が自ら変位し、ばら物を挟持しつつ上昇し、内外二重ベルトの挟持するばら物が零れ落ちる心配なく垂直方向に上昇し得る垂直型コンベヤを得ることを目的とする」(同2欄26~32行)と説明している。
以上の記載内容によれば、搬送物を垂直方向に運搬するためのベルトコンベヤとして従来から種々の構成からなるものが知られており、これらは一般に「垂直型コンベヤ」と呼ばれていることが認められ、上記第4図ハに示されたものは、「エンドレスベルトa、bがC字形に沿うて移動するもの」(同2欄11~12行)であるから、半円周形又はそれに近い側面形状のベルトラインを有する2枚のコンベヤで搬送物を挟持して垂直方向に運搬する引用例発明1の上記ベルトコンベヤも、この範疇に属する垂直型コンベヤということができる。
(2) 一方、本願考案の要旨が前示のとおりであることは、当事者間に争いがなく、この要旨には、本願考案の「垂直ベルトコンベヤ」につき、「<4>前記ベルトコンベヤによって船体の端部に移送された湿潤粉粒体を船上へ搬送するための垂直ベルトコンベヤと、」、「<5>前記垂直ベルトコンベヤにより船上へ搬送された湿潤粉粒体を・・・」とあるだけで、その垂直ベルトコンベヤが船体の端部に移送された湿潤粉粒体を船上へ搬送するためのものであることは示されているが、その具体的構成については、引用例1及び前示特公昭59-8601号公報(乙第1号証)とは異なり、何らの規定もされていない。
したがって、本願考案の要旨に基づく限り、本願考案の「垂直ベルトコンベヤ」は、搬送物を船体内から船上へ垂直方向に運搬するベルトコンベヤを意味し、特定の構成を持つものとして限定されるものではないと認められ、前示一般に垂直型コンベヤとして呼ばれるものと区別することはできないものといわなければならない。
もっとも、本願明細書(甲第7号証)の考案の詳細な説明には、〔従来の技術〕の項で、引用例1に言及し、引用例発明1の「側面形状の一部を半径Rの半円周形とした傾斜ベルトコンベヤ5a」及び各ホッパの構造の複雑なことの問題点を指摘し(同号証明細書1頁23行~3頁1行)、「本考案は斯る多くの問題点を解決するためになされたもの」(同3頁2行)とし、〔実施例〕の項には、本願考案の「垂直ベルトコンベヤ」につき、「このベルトコンベヤ6の船首側の端部は竪方向に屈曲していてこの垂直部分61に別の垂直なコンベヤ71が添設されて垂直コンベヤ7が形成されている。」(同4頁10~12行)、「湿潤粉粒体9は船首側の端部に移送されて、垂直コンベヤ7を構成する垂直部分61と垂直なコンベヤ71に挟まれて上方へ搬送され、水切り用コンベヤ8により船外の所定位置に搬出される。」(同5頁2~5頁)と記載され、さらに、〔考案の効果〕の項に、「船艙内に配置される積載物を船上へ移送する手段として従来の傾斜コンベヤよりも前後方向への占有空間の少ない垂直ベルトコンベヤを用いたため船艙全体として積載槽の占める割合を向上させることができ、きわめて高い積載効率を得ることができ」(同5頁13~16行)、「湿潤粉粒体を船上へ移送する垂直ベルトコンベヤは荷の運搬量の変動に対する順応性に優れているため荷こぼれを生じる心配もない。」(同5頁22~24行)と記載されており、図面第4図(甲第5号証第4図)には、積載物を2つのベルトコンベヤで挾持して船上に搬送する過程で当該2つのベルトコンベヤが船底に対し垂直の直線形状となる部分を持つものが示されていることが認められるが、考案の詳細な説明には、上記の各記載のほかに本願考案でいう「垂直ベルトコンベヤ」を定義付け、その態様を画するような記載は特に存在しない。
そうすると、本願考案の要旨に示される「垂直ベルトコンベヤ」とは、上記の実施例を含んで、一般に当該用語で示される構成として記載されているものと認めるほかはないところ、「垂直ベルトコンベヤ」というだけでは、上記実施例のような搬送の過程でベルトコンベヤが垂直の直線形状となる部分を持つものに限定されるものということはできず、前示のとおり、搬送物を垂直方向に運搬するためのベルトコンベヤー般を意味するものと解するほかはない。
(3) したがって、船倉スペースの増加という本願考案と同様の課題を解決するために、積載物を垂直方向に下から上に運ぶものとした引用例発明1の荷揚げ手段は、本願考案の垂直ベルトコンベヤと同等の機能を奏するものと認めるから、引用例発明1の第1及び第2のベルト・コンベヤが本願考案の垂直ベルトコンベヤに相当しているとして、本願考案と引用例発明1とが、「前記ベルトコンベヤによって船体の端部に移送された湿潤粉粒体を船上へ搬送するための垂直ベルトコンベヤ・・・を有することを特徴とする湿潤粉粒体積載用船舶」である点で一致するとした審決の認定に誤りがあるとはいえない。
原告の取消事由1の主張は採用できない。
2 取消事由2(相違点1に対する判断の誤り)について
(1) 引用例2(甲第9号証)には、「バンカー型保存容器の流動物質排出装置」の考案が開示され、これにつき、「図3及び図4に示すバンカーの構造では、バンカー(8)の下部排出隔室(9)内に屋根型のカバー(10)があり、ブロック型の排出往復台(2)を格納している。往復台(2)の駆動ホイール(6)は、軌道又はレール(11)上を走行する。バンカー(8)の排出隔室(9)は、排出往復台(2)の走行方向と横方向に対して、バンカー(8)上部の断面積よりも大きい断面積を有している。屋根型カバー(10)の天端とバンカー(8)の下端の間には間隙が設けてあるので、バンカー(8)から落下する粉粒体は、カバー付近で滞留することなしに、円滑に流れ落ちる。」(同号証訳文3頁12~17行)、「バンカー排出往復台(2)の排出ホイールは、屋根型カバー(10)の幅を相当に越えて、半径方向に突出している。排出ホイール(3)は、排出隔室(9)の横幅をほとんど占めており、テーブル面(13)を覆って、排出隔室(9)の垂直側壁の付近まで達している。粉粒体は、排出ホイール(3)が回転すると、テーブル(13)間の開口部を通って、ベルトコンベア、トラフとチェーンコンベア、プレートコンベァ等の搬送装置(14)に積載される」(同訳文3頁18~22行)と記載きれ、図面第3図、第4図には、上記の構造に従い、テーブル(13)間の開口部がテーブル(13)のほぼ全長にわたって設けてある例が開示されている。
上記の各記載及び図面第3図、第4図によると、引用例2の「バンカー型保存容器」は、バンカー及びその下部に設けられた断面積がバンカーよりも大きい排出隔室から成り、バンカー内の粉粒体は、排出隔室内でテーブルの開口部上部に設置された屋根型カバー付近で滞留することなく、屋根型カバー天端とバンカー下端との間の間隙を通って隔室内に円滑に流れ落ち、屋根型のカバーに格納されテーブルの開口部に沿って移動するブロック型の排出往復台に取り付けられた排出ホイールの回転により、上記開口部からベルトコンベヤ等の搬出装置に供給されるものであることが認められる。
(2) 原告らは、引用例発明2において、底壁のほぼ全長に亙って切り込みを有するのは積載貯蔵庫ではなく、排出装置(隔室)であると主張する。しかし、審決が、「米国特許第3、743、119号明細書・・・には、次の事項が図面と共に記載されている。」(審決書6頁6~9行)として、「平坦な底壁(13)を有するとともに前記底壁(13)のほぼ全長に亙って切り込みを有する・・・積載貯蔵槽と・・・前記切り込みに沿って配置され、前記リクレーマにより掻き出された積載物を移送するためのベルトコンベヤ(14)からなる荷卸し装置。」(審決書6頁10~18行)と摘記していることに照せば、審決が、バンカーのみならず、粉粒体を支え、堆積させる構造となっている下部排出隔室を含めて積載貯蔵槽としており、したがって、審決によって積載貯蔵槽の底壁に相当するとされているのが下部排出隔室内のテーブル面であることは明らかである。そして、テーブル間の開口部(切込み)がテーブルのほぼ全長にわたって設けてあるものが開示されていることは前示のとおりであるから、審決が、引用例2に「底壁のほぼ全長に亙って切り込みを有する・・・積載物の積載貯蔵槽」が記載されていると認定したことに誤りはない。
原告らは、また、下部に断面積が積載貯蔵槽よりも大きい排出装置(隔室)を別体に設けた構成の積載貯蔵槽を船舶内に設けることは、積載量の極端な減少を招くものであるから、引用例発明1に適用できないと主張する。しかし、上記のとおり、審決は、引用例2につき、バンカー下部の排出隔室を含めて積載貯蔵槽としているのであるから、当該積載貯蔵槽の下部に別体に断面積の大きい排出隔室が設けられるというわけではない。のみならず、審決の「引用例2に記載された荷卸し手段を引用例1に記載された荷卸し手段に適用して、即ち本願考案の上記相違点1で示したように構成することは、当業者がきわめて容易に想到できたことである。」(審決書10頁10~14行)との記載に照して、審決が引用例発明1に適用しようとするのは、引用例2に記載された、ほぼ全長に亙る開口部(切込み)を有するテーブル面、テーブルの開口部上部に設置された屋根型カバーに格納され、開口部に沿って移動するブロック型の排出往復台に取り付けられた排出ホイール、開口部下方のベルトコンベヤ等の搬出装置から成る荷卸し装置であることは明らかであって、その適用の際に、積載貯蔵槽自体の大きさは、引用例発明1の船舶の船倉空間の大きさ等に合わせて適宜設定される設計事項にすぎないというべきであるから、原告らの上記主張は理由がない。
原告らは、さらに、引用例2に記載された積載貯蔵槽及び排出装置とも、ホッパ形に形成されているとはいえないと主張する。
しかし、国際科学振興財団編「科学大辞典」(乙第2号証)によれば、「ホッパー」とは、「ばら荷を大量に貯蔵し供給する容器で、通常、水平断面積に比べ丈が高い.上部から荷を入れる.下部はじょうご型で、その底部には開くと自然流下で荷が出てくる開閉口がある.・・・ビン、サイロ、バンカーなどの名称はホッパーとほぼ同義にも用いられる.」(同号証1315頁左欄8~14行)というものと認められるところ、上記のとおり、審決は排出隔室を含めて積載貯蔵槽としており、かつ排出隔室内に設けられた屋根型カバーは傾斜していて粉粒体が円滑に流れ落ちることに寄与することは自明であるから、屋根型カバーと排出隔室の側壁とで形成される粉粒体流下部分はホッパ形であるということができる。したがって、引用例2に「ホッパ形に形成された積載物の積載貯蔵槽」が記載されているとした審決の認定に誤りであるとはいえない。
(3) 以上によれば、引用例2に、審決認定のとおり、「平坦な底壁(13)を有するとともに前記底壁(13)のほぼ全長に亙って切り込みを有するホッパ形に形成された積載物の積載貯蔵槽と、前記切り込みに沿って移動可能に前記積載貯蔵槽内に配置された、積載貯蔵槽内の積載物を掻き出すためのリクレーマと、前記切り込みに沿って配置され、前記リクレーマにより掻き出された積載物を移送するためのベルトコンベヤ(14)からなる荷卸し装置」(審決書6頁10~18行)が記載されていることが認められる。そして、引用例1と引用例2とは、いずれも容器下部の排出口から流動性積載物を連続的にベルトコンベヤに排出し搬送する手段に関しては、同一の技術分野に属するものと認められるから、引用例発明2が陸上に設置される貯蔵槽に関するもので、引用例発明1が船舶に関するものであるということだけで、引用例2記載の上記構成を引用例発明1に適用することに困難が伴うということはできず、これを適用することは当業者がきわめて容易にできる程度のことというほかはない。
したがって、審決の相違点1についての判断を論難する原告らの主張は、理由がない。
3 以上のとおりであるから、原告ら主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告らの請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、93条但書きを適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)
平成4年審判第2064号
審決
東京都千代田区大手町2丁目6番2号
請求人 三洋海運 株式会社
東京都中央区日本橋室町2丁目1番1号
請求人 株式会社三井三池製作所
東京都中央区京橋2丁目9番1号 創友国際特許事務所
代理人弁理士 橋本克彦
昭和63年実用新案登録願第112951号「湿潤粉粒体積載用船舶」拒絶査定に対する審判事件(平成2年3月1日出願公開、実開平2-33196)について、次のとおり審決する.
結論
本件審判の請求は、成り立たない.
理由
1. 手続の経緯・本願発明の要旨
本願は、昭和63年8月29日の出願であって、その考案は、平成7年12月28日付け手続補正書で全文が補正された明細書及び図面の記載からみて、その実用新案登録請求の範囲に記載された次とおりのものである。
「平坦な底壁を有するとともに前記底壁のほぼ全長に亙って切り込みを有するホッパ形に形成され、船艙内のほぼ船首から船尾に亙って配置された湿潤粉粒体の積載貯蔵槽と、
前記切り込みに沿って移動可能に前記積載貯蔵槽内に配置された、積載貯蔵槽内の湿潤粉粒体を掻き出すためのリクレーマと、
前記切り込みに沿って船体底壁内面に配置され、前記リクレーマにより掻き出された湿潤粉粒体を船体の前後方向へ移送するためのベルトコンベヤと、
前記ベルトコンベヤによって船体の端部に移送された湿潤粉粒体を船上へ搬送するための垂直ベルトコンベヤと、
前記垂直ベルトコンベヤにより船上へ搬送された湿潤粉粒体を船外へ搬出するための水切り用コンベヤとを有することを特徴とする湿潤粉粒体積載用船舶。」
2. 引用例
これに対し、当審における拒絶理由で引用した特公昭58-4675号公報(以下、「引用例1」という。)には、概略次の事項が図面と共に記載されている。
「船内のほぼ船首から船尾に亙って配置された鉱滓などを積載する船倉(2)と、
船倉(2)内の鉱滓などを切出し、供給するための振動フィーダ(6)と、
船体底壁内面に配置され、鉱滓などを船体の前後方向へ移送するためのベルト・コンベヤ(5)と、前記ベルト・コンベヤ(5)によって船体の端部に移送された鉱滓などを船上へ搬送するための第1および第2のベルト・コンベヤ(7)、(8)と、
前記第1および第2のベルト・コンベヤ(7)、(8)により船上へ搬送された鉱滓などを船外へ搬出するためのブーム・コンベヤ(9)とを有することを特徴とする鉱滓などの運搬船。」
ところで、引用例1の第1、3及び4図の記載と、「1は船体、2は船体1の中心線上に、船首尾方向に配置されていて、上甲板3には適当な大きさの開口を有する船倉、4、4船倉2内に積載された鉱滓などを、その下方にそれぞれ装備した適数列(図示の実施例では船体中心線上に1列)の船底部走行ベルト・コンベヤ5上に送り出すために配設された適数列(実施例では2列)の多数のホッパーで、それぞれの下端出口附近にはいずれも該ベルト・コンベヤ5上に鉱滓などを定量的に、かつ連続的に切出し、供給するための、たとえば、振動フィーダ6、6が取付けられている。」(第3欄第29行乃至第40行)の記載から傾斜した底壁を有するとともに船倉(2)の底壁は全長に亙って下端に出口を有するホッパ形に形成されているものと解され、また、ホッパー(4)の下端出口に沿ってベルト・コンベヤ(5)が配設されているものと解される。
引用例1に記載されたものは以上のように解されるから、引用例には図面とともに次の事項が記載されているものと認められる。
「傾斜した底壁を有するとともに船倉(2)の底壁は全長に亙って下端に出口を有するホッパ形に形成され、船内のほぼ船首から船尾に亙って配置された鉱滓などを積載する船倉(2)と、
船倉(2)内の鉱滓などを切出すための振動フィーダ(6)と、
ホッパー(4)の下端出口に沿って船体底壁内面に配置され、前記振動フィーダ(6)によって切出された鉱滓などを船体の前後方向へ移送するためのベルト・コンベヤ(5)と、
前記ベルト・コンベヤ(5)によって船体の端部に移送された鉱滓などを船上へ搬送するための第1および第2のベルト・コンベヤ(7)、(8)と、
前記第1および第2のベルト・コンベヤ(7)、(8)により船上へ搬送された鉱滓などを船外へ搬出するためのブーム・コンベヤ(9)とを有する鉱滓などの運搬船。」
次に、同拒絶理由で引用した米国特許第3、743、119号明細書(以下、「引用例2」という。)には、次の事項が図面と共に記載されている。
「平坦な底壁(13)を有するとともに前記底壁(13)のほぼ全長に亙って切り込みを有するホッパ形に形成された積載物の積載貯蔵槽と、前記切り込みに沿って移動可能に前記積載貯蔵槽内に配置された、積載貯蔵槽内の積載物を掻き出すためのリクレーマと、前記切り込みに沿って配置され、前記リクレーマにより掻き出された積載物を移送するためのベルトコンベヤ(14)からなる荷卸し装置。」
3. 対比
そこで、本願考案と上記引用例1に記載されたものとを比較すると、引用例1に記載の「船内」、「鉱滓など」、「船倉(2)」、「ベルト・コンベヤ(5)」及び「鉱滓などの運搬船」は、それぞれ本願考案の「船艙内」、「湿潤粉粒体」、「積載貯蔵槽」、「ベルトコンベヤ」及び「湿潤粉粒体積載用船舶」に相当している。また、引用例1の第1図及び第5図の記載と、「船倉2内の船尾側へ適量ずっ連続的に送られてきた鉱滓などは、該排出端から、その下方に位置させた対応する急傾斜用第1ベルト・コンベヤ7の供給端に投入され、ついで第2ベルト・コンベヤとの係合に基づく協同作用にのもとに、半径Rの半円周形またはそれに近い側面形状をしたその急倭斜ラインに沿って、上甲板3の上方適当高さ位置まで搬出され」(第4欄16行乃至24行)、の記載から、第1および第2のベルト・コンベヤは鉱滓などの被搬送物を下方から上方すなわち垂直方向に搬送することから垂直ベルトコンベヤと同等の機能を奏するので、「第1および第2のベルト・コンベヤ(7)、(8)」は「垂直ベルトコンベヤ」に相当している。したがって、両者は、
船艙内のほぼ船首から船尾に亙って配置された湿潤粉粒体の積載貯蔵槽と、
湿潤粉粒体を船体の前後方向へ移送するためのベルトコンベヤと、
前記ベルトコンベヤによって船体の端部に移送された湿潤粉粒体を船上へ搬送するための垂直ベルトコンベヤと、
前記垂直ベルトコンベヤにより船上へ搬送された湿潤粉粒体を船外へ搬出するためのコンベヤとを有することを特徴とする湿潤粉粒体積載用船舶。である点で一致し、次の点で相違している。
相違点1
本願考案が、平坦な底壁を有するとともに前記底壁のほぼ全長に亙って切り込みを有するホッパ形に形成された湿潤粉粒体の積載貯蔵槽と、前記切り込みに沿って移動可能に前記積載貯蔵槽内に配置された、積載貯蔵槽内の湿潤粉粒体を掻き出すためのリクレーマと、前記切り込みに沿って船体底壁内面に配置され、前記リクレーマにより掻き出された湿潤粉粒体を船体の前後方向に移送するのに対して、引用例1に記載のものは、傾斜した底壁を有するとともに前記底壁は全長に亙って下端に出口を有するホッパ形に形成された積載貯蔵槽と、積載貯蔵槽内の湿潤粉粒体を切出すための振動フィーダ(6)と、下端出口に沿って船体底壁内面に配置され、前記振動フィーダ(6)によって切出された湿潤粉粒体を船体の前後方向へ移送する点。
相違点2
本願考案の船上へ搬送された湿潤粉粒体を船外へ搬出するためのコンベヤが水切り用コンベヤであるのに対して、引用例1に記載されたものは水切り用であるかどうか不明である点。
4. 相違点の検討
相違点1について
平坦な底壁を有するとともに前記底壁のほぼ全長に亙って切り込みを有するホッパ形に形成された積載物の積載貯蔵槽と、前記切り込みに沿って移動可能に前記積載貯蔵槽内に配置された、積載貯蔵槽内の積載物を掻き出すためのリクレーマと、前記切り込みに沿って配置され、前記リクレーマにより掻き出された積載物を移送するベルトコンベヤからなる荷卸し装置が引用例2に記載されており、引用例2に記載されたものは引用例1の前記相違点1で示したものと同一の技術分野に属しており、しかも、引用例1および引用例2に記載されたものは共通する構成を有しているので、引用例2に記載された荷卸し手段を引用例1記載された荷卸し手段に適用して、即ち本願考案の上記相違点1で示したように構成することは、当業者がきわめて容易に想到できたことである。
相違点2について
水切り用コンベヤは周知であり(必要ならば、実開昭55-23289号公報、実開昭62-53211号公報参照。)、本願考案の前記相違点2のように船上へ搬送された湿潤粉粒体を船外へ搬出するためのコンベヤを水切り用コンベヤに置換することは、当業者が引用例1に記載されたものに前記周知の技術を適用して、きわめて容易に想到し得たことである。
5. むすび
以上のとおりであるから、本願考案は、その出願前に本願考案の属する技術の分野における通常の知識を有する者が本願出願前に日本国及び米国内において頒布された引用例1、引用例2に記載された考案及び周知の技術に基いてきわめて容易に考案をすることができたものであるから、実用新案法第3条第2項の規定により実用新案登録を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
平成8年4月30日
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)